嵐のラストライブと実父の通夜が重なったという話題が、ライブ終了後もSNSで議論になっています。
アンケート結果も拡散され、何を優先するのかという価値観の違いが見えています。
実父の通夜より嵐ライブで何があった?
発端となったのは、嵐のラストライブと実父の通夜が同じ日になったという投稿です。
投稿内容によると、妻の父親が急死し、5月31日に通夜が行われることになりました。
しかし妻は以前から嵐のライブに行く予定があり、通夜ではなくライブを優先したいと考えていたとされています。
葬儀には出席するものの、通夜は欠席するという内容。
ここに多くの人が反応しました。
予定が重なっただけなら、ここまで大きな話にはならなかったはず。
重なったのが実父の通夜だったからこそ、引っかかる人が多かったのでしょう。
アンケート結果で見えた価値観の違い
SNSでは、滝沢ガレソ氏が実施したアンケートも注目を集めています。
アンケートは執筆時点でまだ終了していませんが、数万票規模の投票が集まっています。
途中経過ではお通夜派が多数
途中経過では次のような結果が表示されていました。
- 男性 LIVEです:12.5%
- 男性 お通夜です:53.6%
- 女性 LIVEです:17.6%
- 女性 お通夜です:16.4%
全体で見ると、お通夜を優先すると答えた人が多数派です。
一方で、女性票ではライブ派とお通夜派がかなり近い割合になっています。
全体ではお通夜派が多い一方で、女性側では意見が割れている点も注目されました。
アンケートだけで結論は出せない
もちろん、このアンケートだけで世間全体の考え方を断定することはできません。
投票したのは投稿を見た人たちであり、母集団にも偏りがあります。
それでも、これだけの票数が集まったことには意味があります。
一家庭の話に見えて、実は多くの人が「自分ならどうするか」と考えてしまう話題だったのかもしれません。
SNSではどんな反応が出ている?
SNSではさまざまな意見が投稿されています。
大きく分けると、通夜優先派、ライブ理解派、日程や喪主への疑問派です。
通夜を優先すべきという声
最も多く見られたのは、通夜を優先すべきという意見です。
- 実父の通夜ならそちらを優先する
- 親が亡くなった直後にライブへ行く発想が理解できない
- 親族との関係に影響するのではないか
- 後になって後悔しそう
- 親を見送る時間は一度しかない
こうした反応では、嵐や推し活そのものを否定しているというより、「今、何を優先するべきか」という部分に違和感を持っている人が多い印象です。
特に、親が亡くなった直後という状況。
そこに引っかかる声が目立ちます。
ライブに行きたい気持ちは分かる。
それでも、その日に父親の通夜があるなら話は別ではないか。
そう感じた人が多かったのでしょう。
ライブを選ぶ気持ちも理解できるという声
一方で、ライブに理解を示す声も出ています。
- 長年応援してきた嵐の最後のステージ
- ファンクラブ会員でも簡単に参加できるものではない
- 何年も待ち続けた特別な公演
- 葬儀には出席するなら問題ないのでは
- 親子関係は外から分からない
今回のライブは、通常のツアー公演とは別物。
ラストツアーの最終公演という、ファンにとって特別なステージでした。
何年も待ち続けた機会であり、「次がある」と簡単に考えられない時間だったはずです。
だからこそ、ライブに行きたい気持ちまで否定するのは違う、という声も出ています。
ただ、その気持ちを理解したうえでも、実父の通夜という重さはやはり簡単には横に置けなかったのでしょう。
喪主や日程への疑問も
当初から見られたのが、日程設定への疑問です。
- ライブの日程は前から決まっていたはず
- 近親者なら予定を考慮できなかったのか
- 通夜の日程は調整できなかったのか
- 喪主側にも配慮の余地があったのでは
といった意見も出ていました。
たしかに、日程が少しでもずれていれば、ここまで苦しい選択にはならなかったかもしれません。
ただ、通夜や葬儀の日程は家族だけで自由に決められるものではないですよね。
火葬場や葬儀場の空き状況、僧侶や親族の都合なども関わってきます。
亡くなった直後の遺族は、手続きや連絡にも追われるもの。
その中で、ライブに合わせて簡単に変更できたはずだと言い切るのは、少し現実とは離れているようにも感じます。
炎上が続く理由はどこにある?
ライブ終了後も議論が続いている理由は、単純に賛成と反対に分かれる話ではないからです。
推し活と冠婚葬祭が正面からぶつかった
今回の話題では、推し活と冠婚葬祭という二つの価値観が正面からぶつかりました。
推し活は、人生の大きな支えになっている人もいます。
仕事や日常を頑張る理由になっている人もいるでしょう。
一方で、親の通夜や葬儀は人生の中でも数少ない重要な場面です。
特に実の親となれば、家族としての役割も強く見られます。
どちらも本人にとって大切なもの。
だからこそ、「そんなの通夜一択でしょ」と切り捨てるだけでは見えない部分もあります。
ただ、それでも実父の通夜という重さは、多くの人にとって簡単に動かせないものでした。
「父なら行ってこい」では片付かない
議論の中では、
「父親なら行ってこいと言うはず」
という意見も目立ちました。
たしかに、娘の楽しみを優先してほしいと考える父親もいるでしょう。
生前の親子関係によっては、本当にそう言ったかもしれません。
ただ、通夜は故人本人だけのために行われるものではありません。
残された家族や親族が集まり、故人を見送る場でもあります。
父親が許すかどうか。
娘として最後の時間をどう過ごすか。
この二つは同じようで、同じではありません。
「父なら行ってこい」と言うかもしれない。
でも、だからといって娘として通夜にいないことへの違和感が消えるわけではない。
そこに引っかかった人が多かったのだと思います。
ライブに行かなかった後悔と行った後悔
今回の話題で考えさせられるのは、後悔の種類です。
ライブに行けなければ、「最後だったのに見られなかった」という悔しさは残るかもしれません。
それは簡単に消えるものではないでしょう。
ただ、その一方で、「父親を最後に見送る時間を過ごせた」という気持ちも残ります。
反対に、ライブへ行った場合は楽しい思い出が残るはずです。
でも、その時間に父親の通夜が行われていたという事実も一緒に残ります。
自分で選んだ後悔は長く残ることもある
行けなかった後悔と、自分で選んだ後悔は少し違います。
ライブに行けなかった後悔は、事情によるものです。
一方で、通夜を欠席した場合は、自分でライブを選んだという記憶になります。
- 数年後の法事
- 親族との会話
- 父親の遺影を見たとき
そのたびに思い出す可能性もあります。
もちろん、何を後悔するかは本人にしか分かりません。
親子関係によっても受け止め方は変わるでしょう。
それでも、この選択がその日だけで終わるものではないと感じた人が多かったからこそ、ライブ終了後も議論が続いているのだと思います。
まとめ
- 実父の通夜と嵐のラストライブが重なった投稿が話題に
- 滝沢ガレソ氏のアンケートでは、途中経過ながらお通夜派が多数
- 女性票はライブ派とお通夜派が近い割合になっている
- SNSでは通夜優先派、ライブ理解派、日程調整派に分かれている
- 嵐のラストライブという特別な事情も議論を大きくした
- 「父なら行ってこい」という意見にも賛否が分かれている
嵐のライブに行きたかった気持ちは、本物だったと思います。
それでも、父親を見送る時間は一度きりです。
この話題がここまで長く議論されているのは、嵐か通夜かという単純な話ではありません。
人生の中で何を優先するのか。
その選択をあとから自分がどう受け止めるのか。
多くの人が、そこに引っかかっているのかもしれません。

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